ワイン業界の人間であれ、ジャーナリストであれ、ブルゴーニュの生産者を語るときに最初に参照するのは、レミントン・ノーマンMWが著した “THE GREAT DOMAINES OF BURGUNDY” です。2010年に上梓された第3版が最新なのですが、これに掲載されていないにもかかわらず、現在、最良の生産者のひとりとされているブルゴーニュの新星がセシル・トランブレイです。
アンリ・ジャイエの曾姪
ドメーヌ・セシル・トランブレイは2003年、コート・ド・ニュイに一族が所有する畑の一部の折半耕作契約が終了するのを機に、設立されました。折半耕作とはブルゴーニュ特有の借地契約で、小作人は通常、収穫の半分をブドウまたはワインの形で、地代として支払います。
ブドウ畑はもともと、セシル・トランブレイの曾祖父で、アンリ・ジャイエの叔父にあたるエドゥアルド・ジャイエの妻の所有でした。エドゥアルドは第一次世界大戦以前、ニュイ・サン・ジョルジュの樽職人だったのですが、1921年にワイン生産農家出身のエステル・フルニエと結婚し、彼女がフルニエ家の所有畑を相続したことから、ワイン醸造を開始します。これ以降、エドゥアルド夫妻は所有畑を拡大していきました。
1950年になり、所有畑は5人の子供たちに分割相続されることになったのですが、セシル・トランブレイの祖母にあたる末娘のルネ・ジャイエは、ブドウ畑を手元に残したまま複数の折半耕作契約を締結し、ドメーヌ・ミシェル・ノエラなどの生産者に貸し出しました。ルネ・ジャイエから畑を相続した一人娘のマリー・アニックは夫とともに所有畑を拡大する一方、畑は2002年まで折半耕作に貸し出したままでした。マリー・アニックの娘のセシル・トランブレイは、ヴォーヌ・ロマネ村で生まれ育ちました。2003年になって、両親の7ヘクタールのブドウ畑中3ヘクタールの折半耕作契約が更新時期となり、両親、祖父母ともにワイン生産者ではなかったものの、ふたりの兄たちが興味を示さなかったため、セシルが両親のブドウ畑を引き継ぐことを決意し、2003年にドメーヌ・セシル・トランブレイが誕生します。
栽培と醸造
現在リリースされているドメーヌ・セシル・トランブレイの代表的なワインとしては、シャペル・シャンベルタンやエシェゾー・デュ・ドゥシュ、ヴォーヌ・ロマネ レ・ボーモンやシャンボール・ミュジニー レ・フスロットなどがあり、今後クロ・ド・ヴージョなどが加わります。以前の小作人たちが除草剤などの化学農薬を使っていたため、表土は黒ずんで生命層が失われ、固くなっていました。セシルは引き継ぎ直後から有機農法を実践し、2005年にオーガニック認証を得た後、2016年にはビオディナミの認証も取得しています。
ブドウ栽培にはコンサルタントを雇って、最新鋭の技術が用いられています。例えば、ブドウ樹を低く仕立てる一方、表土の団粒構造を壊さないよう、除草には耕したり除草剤を使ったりせず、人力により表面を浅く鋤く方法で対処しています。温暖化が進んだため、ブルゴーニュにおいても果実のサン・バーン(日焼け)が問題視されるようになりましたが、日陰が必要な区画では、ブドウ樹のリーフ・ゾーン(ブドウ樹の葉が茂っている部分)をワイヤーに挟んで持ち上げないようにしています。2017年からは、樹液の最適な流れに着目した最新のブドウ樹の仕立て方である、ギュイヨ・プーサールが採用されています。
ワイナリーは2012年、モレ・サン・ドニ村の自社畑トレ・ジラールの傍に新設されています。収穫したブドウを100%除梗していたアンリ・ジャイエと異なり、セシル・トランブレイはヴィンテージや畑によって除梗比率を柔軟に変更しています。通常は3分の1程度を全房で発酵させるものの、1924年に植樹されたシャペル・シャンベルタンには100%全房発酵が行われ、若いワインにはドメーヌ・ルロワやドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティにみられるような茎由来の青いニュアンスが感じられます。この風味は25~30年のボトル熟成により、スターアニスを思わせる官能的な香りに変化します。
熟成用のオーク樽は、セガン・モロー社から独立したステファン・シャサンから調達しており、新樽比率はワインによって0~70%です。この点も、100%新樽を用いたアンリ・ジャイエと異なっています。アルコール発酵前の低温での浸漬や、ピジャージュ(パンチング・ダウン)とルモンタージュ(ポンピング・オーバー)を併用する優しい抽出、バスケット・プレスの導入、瓶詰めまでオリ引きせずシュール・リーの状態で行うオーク樽熟成、無清澄・無濾過で行うボトリングなど、現場での細かなモニタリングが要求される醸造が行われています。
また、近年の無添加の風潮に流されず、醸造の各段階で適切に二酸化イオウを用い、添加総量を50~60ppmとしているところは、ワインを長期ボトル熟成させる上で非常に重要です。2018年ヴィンテージからはアンダルシア産に代えて、きめの細かいサルディニア島産のコルクが採用されています。
セシル・トランブレイというと、アンリ・ジャイエとの血縁が喧伝されていますが、100%除梗したジャイエとはワインのスタイルが異なります。ジャイエがピュアで繊細なワインを醸造したのに対し、セシルの方は豊かなタンニンによって骨格が形成された、複雑味のあるワインとなっています。アンリ・ジャイエと関連づけられるべきなのはむしろ、彼の薫陶を実際に受けた、セシルの夫のフィリップ・シャルロパンです。