ワインのラベルにときどき、フランス語で “Vieilles Vignes” とか英語で“Old Vines” といった単語を見かけることがありますが、これはどちらも「高樹齢のブドウ樹の果実から醸造されたワイン」であることを示しています。こうした表示が行われるのは、一般に「高樹齢のブドウ樹はより高品質なワインを生み出す」と考えられているからです。
樹齢と品質
ブドウ樹は生育環境によっては200年を超えて生き、果実を生らせることが可能ですが、樹齢が上がるにつれて果実の収量が激減するため、経済的な理由から、日本での小売価格が2,000円未満の、商業的なワインを生産するブドウ畑では通常、樹齢20年程度でブドウ樹を引き抜き、新しいものに植え替えています。同じ畑に植えられた同じブドウ品種であっても、樹齢10年のブドウ樹の赤ワインと樹齢50年のものを比べると違いは明瞭で、樹齢が高いものの方が色が濃く、味わいも凝縮しています。
高樹齢のブドウ樹がより高品質なワインを生み出すことの理由としてよく、「低樹齢のブドウ樹は根の発達が不十分で、下層土壌からミネラル分や微量元素を充分に吸い上げることができないから」とか、「低樹齢のブドウ樹はそのエネルギーを枝葉の成長に向けがちで、果実に充分な養分が蓄積されないから」といったものが挙げられてきましたが、研究者は現在、こうした推論に否定的です。近年の研究で、高樹齢のブドウ樹の樹勢は根においても弱まっていることが分かってきましたし、ブドウ樹の徒長性が問題となるのは、その栽培方法に問題があるからだと考えられています。
ワイン用ブドウ栽培に革命をもたらしたリチャード・スマート博士は、「高樹齢のブドウ樹がより高品質なワインを生むと考えられてきたのは、樹勢が弱まるために枝葉が過剰に繁茂することがなくなり、果実が充分な日光を受けるようになるからである」とし、「枝葉と果実のバランスを適切にコントロールし、充分な日光を受けられるように調節してやれば、低樹齢のブドウ樹からも高品質のワインを醸造することは可能である」としています。
ふたつの異なる意見
「高樹齢のブドウ樹はより高品質なワインを生み出す」というコンセプトは、1935年に制定されたフランスの原産地統制呼称法(AOC法)にも反映されています。この法律上の原産地を名乗るためには一般に、樹齢3年以下のブドウ樹の果実を用いることができず、そうしたワインは最下級の「ヴァン・ド・ターブル」として販売しなければなりません。また、ボルドーの格付けシャトーのほとんどでは、樹齢4年以上のブドウ樹からの果実であっても、生産者の自主基準を下回る樹齢のワインを最上級のワインにブレンドすることはせず、セカンドワイン等として販売しています。ブルゴーニュにおいてはあまり広くは行われていませんが、優良な生産者はやはり、自主基準を設定しています。ドメーヌ・ド・ラルロは、ニュイ・サン・ジョルジュの一級畑であるクロ・デ・フォレ・サン・ジョルジュを単独所有していますが、この畑には高樹齢のブドウ樹と若いブドウ樹が混在しています。品質にこだわりをみせる同社は1993年以降、この畑のブドウを3分類し、低樹齢のワインを「ニュイ・サン・ジョルジュ」、樹齢15年までのワインを「ニュイ・サン・ジョルジュ プリミエ・クリュ」、高樹齢のものを「ニュイ・サン・ジョルジュ プリミエ・クリュ クロ・デ・フォレ・サン・ジョルジュ」として出荷していました。
一方、「樹齢3~4年といった低樹齢のブドウ樹も高品質なワインを生み出すことが可能」とするワインメーカーもいます。彼らの主張は、「ブドウ樹は低樹齢と高樹齢の二段階で高品質なブドウを生産可能で、その中間の樹齢で品質が低下する」というものです。高樹齢のブドウ樹が高品質のブドウ果を生み出す理由のひとつとして、「樹齢によって樹勢が弱まり、果実の収量が下がるから」というものがありますが、これは樹齢3~4年の、初めて果実を結実させるブドウ樹にも当てはまります。彼らの主張を正当化させるためによく引き合いに出されるのは、「パリ・テイスティング」として知られる1976年に行われたブラインド・テイスティングで、9名のフランス人専門家がフランスの最上のワインよりも、当時無名のカリフォルニアワインを最上位に選んでしまった事件です。このとき、シャトー・ムートン・ロートシルト1970年やシャトー・オー・ブリオン1970年を抑えて赤ワインの第一に輝いたのは、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズのカベルネ・ソーヴィニョンだったのですが、このワインを生んだブドウ樹の樹齢は、たった3年でした。
高樹齢のブドウ樹のワインとして、今回のオークションにはドメーヌ・フーリエのジュヴレ・シャンベルタン クロ・サン・ジャック キュヴェ・セントネール 2015年が出品されています。これは2010年ヴィンテージから優良年にのみ瓶詰めされている稀覯品で、1910年に植えられた区画のピノ・ノワールから醸造されています。年産2樽(580本未満)のみで、日本では一般発売されていません。